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「花を写す」ということ


「花を写す」ということは、単に花の姿形を克明に描写するに止まらず、その花から醸

し出される雰囲気描写や撮影者の心に写った心象イメージ、更には抽象表現まで幅

広い表現行為も含みます。

絵画がそうであるように、写真に於いても花を花としてリアルに写実することから、抽

象表現まで自由で幅広い表現が為されて然るべきであると思います。殊に写真は写

真ならではの技術的表現があり、絵画では表現し得ない手法があります。

「花を写す」ということは、撮り手の心の表現でもあり、その表現は「花を如何に観る

か」というその人なりの人生観や哲学に大いに左右されるものです。

ですから、心の内容表現が作品としての価値や重みを決定づけるということになりま

す。これが単なる写実としての「写真」ではなく、心の表現としての「写心」たる所以

なのです。

人はそれぞれ花を眺めても異なった感情を抱くはずですし、感性も考え方も異なれ

ば同じ鑑賞の仕方などないでしょう。この差異こそが個性(心)そのものであり、表現

そのものとなるのです。

当然のことながら、技術的にはその心の内容を十二分に表現しうるテクニックが要求

されますが、先行するのはやはり「心のあり方」そのものです。

『花は花にして、既にその花にあらず、撮り手の感性にその身を委ねる』

これが「花を写す」、即ち「花の表現」の心得の第一歩だと思います。

                                              Shudou