蓮への想いーT
| <永遠の命に魅せられて> 蓮は実に不思議で神秘的な華です。 何が不思議かといいますと、この華ほど人類有史の原初から珍重され、愛し続けら れた華も珍しいということです。 エジプト、インド、中国、そして日本と、あらゆる国々で、それも古くは5000年もの昔 から珍重され続けてきたという事実です。 歴史上の人物も多彩にその蓮との関わりを残しています。 クレオパトラをはじめ、楊貴妃や玄宗皇帝、また日本では万葉の歌人達。中でも取り 分けインドの釈尊にまつわるこの蓮の関わりは最も重要な事柄です。 仏教の起源、いやそれ以前のヴェーダの時代から、真理そのものとして重用され、 比喩として使われてきた事実は不思議以外の何ものでもありません。 まず仏教における仏の座としての「蓮華座」は余りにも有名であり、仏教美術に至っ ては多種多様に描かれ表現されてきました。 仏教の真理の一つに「因果倶時」というものがあります。原因と結果は倶時であると いう真理になぞらえて蓮の性質・特徴を取り上げた比喩があります。 普通の花々は開花して受粉され、そして実を結ぶという時間差がありますが、蓮は 開花と同時に実が成る(花果同時)、つまり原因・結果が倶時であるという事実が、 仏教の説く真理に符合するとして、真理の象徴として重要視されてきたものです。 更に又、真理の行いとしての譬えに使われる「如蓮華在水」という言葉があります。 これは『妙法蓮華経』に説かれている有名な教えで、蓮は泥中より生まれ出て、しか もその泥にも染まらず、清浄で無垢な美しい華を咲かせるところから、人間の生き方 そのものを説く教えとして比喩されているものです。 他にも数えあげれば枚挙に暇のないほど蓮に関する比喩等はあります。 又、それらとは次元を異にする蓮の重用もあります。 それは長寿のシンボルとして、美容・健康の為の食用や薬用としての用いられ方も 古くから行なわれています。 中国の玄宗皇帝が蓮を重用したのも長寿を願ってのものでした。インドやエジプトに おいても古代より食用として用いられ、根、茎は勿論、花弁や実、更には葉までも余 すところなく用いられ、漢方的な薬用としても用いられてきたのです。 この様に有用な蓮の効果は勿論ですが、一方では鑑賞用として、又、目出度い故に 珍重され、祝い事としての用いられ方もされてきました。 ところが日本では全く逆の葬式花としての用いられ方、世界でも類を見ない誤用がさ れてきています。 私はこれらの歴史的事実やエピソードを知るうちに次第に古代人の「蓮への想い」、 そして悠久のロマンや夢に思いを馳せ、蓮の持つ神秘性に魅せられました。 かれこれ蓮を写すようになって18年以上になりますが、益々そのイメージは膨らみ、 優雅に、幻想的に、あるいは神秘的にと様々に表現してみたくなってくるのです。 そんなこんなで撮り続けた蓮の作品を、まだまだ未完の域ですが、これまでの纏めと して順次アップしていきます。 これらの作品からいろんな蓮のイメージを感じていただければ幸いと思います。 又、同時に蓮の魅力がこれまでの日本の葬式花としてのイメージを幾らかでも払拭 されれば、私の思いは達せられます。 最後までお読みいただきありがとうございます。 併せて蓮の作品をご鑑賞いただき、古代人の『蓮への想い』を感じてくだされば、誠 に喜ばしい限りです。 Shudou |