| 『蓮と人生』 |
| =蓮の魅力とその精神= |
| 蓮の一生は、蕾の開花から散華まで、僅かに四日間です。開閉を三度繰り返し、四日目には散っていきます。当に短い人生ですね。 蓮の根はよく知られているレンコンで、主に食用になります。その根は地中の泥の中で節と節で繋がって横に伸びており、接合部の節の間から葉と花の新芽が地上に向って伸びていきます。 葉は浮き葉と呼ばれる水面に浮かぶものと、水面上1Mくらいまでも伸びる立ち葉と呼ばれるものがあります。そして、蕾を付ける花柄が同じように水面上へ伸びていきます。 又、蓮の花が開花し受粉されて花托(種子を宿しているところ)から地中に落ちた種子からも発芽します。 蓮には原始蓮と呼ばれるものから、鑑賞用や食用としてのものまで新種勾配されたものを含むと、わが国には350種もあるといわれています。 花の色は、白系、紅蓮系、黄蓮系とに大別され、白地に爪紅や斑紋、薄紅等、細かく色別すると、更に種類は増えます。 何れにしても、花の生い立ちや性質、そして歴史的な観点からも他の花々と比べて特殊な位置にあり、独特の特徴を備えています。 その最も特筆すべき特徴は、汚れた泥中より咲き出でて、清浄無垢な大輪の花を咲かせるということ。 これこそ仏教の真理や実践行に採り入れられた最大の要因の一つです。更に古来インドでは、この蓮は仏教以前のバラモン教やそれ以前の土着の宗教にも信仰の対象や、また象徴として用いられています。 蓮はこのように古代より世界の各地で愛でられ重用されてきましたが、特に仏教に採り入れられてからは、インドをはじめチベットや南方、更に中国や朝鮮を経て日本に渡来し、その仏教思想的な象徴としての蓮が定着しました。 ところが日本での蓮の受け入れられ方は、必ずしも他の東洋や西洋でのそれとは異なり、独自の思想的な認識が生まれました。即ち、極楽浄土の花として、また、現代では葬式の供養花としての位置付けが為されました。これは元来の仏教(インド等)とは180°異質のものです。 インドや中国等では、蓮は菩薩行の象徴や平和の象徴とし、それ故に目出度い有り 難いものとして崇められています。 このようにインドや中国では、君子の交わりとして蓮の種子の交換がなされたり、目出度い行事の時に用いられ、平和や愛の象徴として重用されているのです。 蓮の生い立ちから、泥中より清らかな花を咲かせることから、仏教の経典には理想の生き方(菩薩行)として宣揚、教示されています。 つまり、濁悪の世にあっても、心は汚れ染まることなく、純粋な生き方を貫き、世に大輪の花を咲かせ、理想的な模範を示すことを示唆しています。 私は仏教と蓮に出合って、その蓮の示唆する生き方や魅力に取りつかれ、人生を悪戦苦闘しながらも、世間の荒波に飲み込まれることなく、心だけは常に清浄で染まらず、より高い精神に向って精進してこれました。 また、蓮をモチーフにして、その崇高な精神や豊富なイメージを「写心」として表現することで、作品を介して自身の心を省察しながら、成長を目指してきました。 仏教と蓮から学ぶ人生、それは素晴らしい生き方となります。 清浄で気高く高遠な精神、枯れても又美しく、素晴らしい老いを蓮の姿に学びながら、これからも蓮の「写心」に専念し、蓮のような素晴らしい人生を枯れてみたいと想っています。 まだまだ若輩で未熟な身を省みず、僭越な文章と共に稚拙な作品を展示しましたこと、赤面の至りですが、皆様の率直なご感想や叱責のお言葉をたまわり、更なる精進の糧とさせて頂きたいと想っています。 併せて、この作品を通し日本の仏教や蓮への誤った認識を少しでも払拭できることがあれば、私のささやかながらの願いの成就となります。 ー守道ー |