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大乗仏教経典『妙法蓮華経』の従地涌出品第十五に「不染世間法 如蓮華在水」と
いう偈があります。この意味は、あたかも蓮華が水(泥水)に汚されないように、世
間の諸々(の悪)に染まることがない、(菩薩のあり方)を説いているものです。
当に蓮は泥中より生まれ出て、しかもその泥にも染まらず、清浄で無垢な美しい華
を咲かせるところから、正しい人間の生き方そのものを説く教えとして比喩されてい
るものです。
中国では、蓮は花の中の君子と位置付けされ、その品格を称えられていますし、イ
ンドをはじめ東南アジアの国々でも、生産・繁栄の象徴として崇められ、それ故に吉
祥の花として尊ばれています。
このように蓮は、人の正しい行いの比喩や、人格、品位等を象徴し、心の浄化を意
味することから、愛と平和の象徴として用いられてきたのです。
インド学や蓮の研究家として名高い松山俊太郎博士は次のように語られています。
「蓮は平和の象徴であるばかりか、平和の結果としての繁栄・豊穣をも象徴し、し
かも、安寧ゆえの堕落を警める品格が具わるので、平和の象徴として最適である」
また、2000年蓮(大賀ハス)の開花で有名な大賀一郎博士も、「ハスは平和の象
徴なり」の標語を掲げて蓮の研究に没頭されていたのです。
今、世界は自然環境のみならず、テロや戦争という最も醜い人間同士の争いで、人
類自ら滅亡の危機を招こうとしています。
「蓮は平和の象徴」という、先達らの崇高な想いに謙虚に耳を傾け、人類すべてが
同胞であるというグローバルな視野を持たなければならないのではと強く感じます。
蓮を愛する私には、蓮が語りかけてくる言葉が聞こえます。
”私は人類よりも遥か昔から地球に生息し、あらゆる生き物を見てきましたが、その
中で最も邪悪な生き物は人類というサルの子孫ですよ・・・” と。
※青字の「 」内は≪蓮への招待≫三浦功大編著から抜粋引用
ー守道ー
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